D氏 イタリア人 30代 男性
写真はイメージです
2011年1月、S瞑想センターにイタリアからシェフのD氏が数年間の予定で瞑想修行にやって来た。彼はパスタをはじめとする料理から、ティラミスといったスイーツまで、イタリアの名物なら何でも作ってしまう、この道20年以上のプロフェッショナル料理人だ。
だが彼は、マインドフルネス瞑想に出逢ってから仏教の教えに惹かれるようになり、とうとう修行に専念するために仕事を辞めてしまったという。そこまでして瞑想センターに来るという事は、相当気合いが入っているに違いない。
にほんのマンガだいすきです!
同時にまた彼は、日本のアニメのファンでもあり、子供の頃によく「マジンガーZ」や「宇宙の騎士テッカマン」「若草のシャーロット」「キャンディキャンディ」などを観ていたという。
ひとたび、これらアニメの話が始まると延々止まらなくなるD氏、また、今でもそれらの事を上手に描く事も出来るのだという。
D氏の描いたテッカマンの絵(上手???)
だが、D氏が最も感動した作品は何と言っても「あしたのジョー」だ。少し曲がった鼻はジョーに憧れてボクシングをやった証拠だ。それだけではない。彼の口からは「イノキ、フジナミ」といった日本人レスラーの名前も出てくる。
そうだ彼は伝説の名レスラー、初代タイガーマスクとタイアップしたアニメ「新タイガーマスク」のファンでもあったのだ。つまり、梶原一騎原作のスポーツ根性(スポコン)物好きのイタリア人だったのだ。
「それなら日本に来ないか?キミに見せてやりたいものがある!一番感動するのがこれだ!巨人の星だ!絶対泣くぞ!」
同じく子供の頃に梶原一騎作品に感動した私としても、外人でありながら同様の趣味を持つD氏に会えて嬉しくないわけがない。彼に何としてもあの名作を見せてやりたくなったのだ。
熱い!
熱血スポコンマンガの事を思い出すと熱い情熱に覆われる。目の中がメラメラと炎に包まれるようだ。
そして彼はその情熱を瞑想修行に向けるつもりなのだ!
凄い!
これは期待出来るぞ。
しかし2011年のミャンマーで、1960年代の日本のアニメについてイタリア人と熱く語り合うというのは一体どういう巡り合わせなのか?信じられない事もあるものだ。
実際のD氏
だがこのD氏、熱血モノのファンのくせに実際には根性の方はカケラもない男であった。
瞑想修行に来たくせに1時間としてジッとしていられない。ちょっと座ってはあちこちフラフラうろつき回り、その辺の人に話しかける。
だいたい瞑想センターという所はあまり他人とは話していけない事になっている。そんな事をしていると今度は指導者から注意される事になる。
しかしどんなに注意されようとも、ジッとしていられないものはいられない。
またちょっと座っては懲りずにうろつき回り、また注意される。
そんな事の繰り返しで、そのうちD氏は他の修行者たちからもウザがられるようになり、とうとう彼は当初の数年間の予定を繰り上げて、僅か10日ほどで瞑想センターから去って行ったのだった。
落ち着きがないのかどうか判らないが、ジッとしていられないタチでは瞑想修行など出来ないのだから仕方ない。期待外れもいいところだ。これでも梶原一騎ファンか?と嘆きたくなる。全然熱くない。
あーシラケた。
「ま、イタリアという国民性もあるのかも」
「パスタにパルミジャーノをかけるようにはいかなかったんだろ」
などと他の外人修行者たちで噂していると、何と!またひょっこりとD氏が戻って来たではないか。どうやら1週間ほどミャンマー各地を旅行してきたらしい。
これは一体どういう訳だ?短期間のうちにD氏はすっかり変わってしまった。ここしばらく姿を見せなかった間に、D氏の身に何が起こったのか?
ヤンゴンにありがちな海賊版DVDショップ
そしたら彼のルームメイトの韓国人青年がやって来て、他の外人たちに「D氏は今度は映画のDVDをどっさり持ち込んで来て、いつも部屋でそればっかり観てる」とバラしてしまった。
何だ、そういう事だったのか。まったくしょうがない。またしても外人修行者たちを落胆させた。そんな事ばかりやっているからD氏はそのうちみんなから「フリーアカマデイター」つまり「居候」なるアダ名をつけられる事となった。
「ヒマ潰しばかりしてるぐらいなら働けばいいものを。せっかく手に職があるのだから」誰もがそう思う。だがこのD氏、テキパキ働かなければならない事になると、今度はジッと座って仏像のように固まり、何もしたくなくなるタチなのだという。
まったく何と言う事だ、「コイツ絶対瞑想と瞑想センターの事を勘違いしてる」
彼をミャンマーまで来させた情熱の源は、そんな途方もなく間抜けな勘違いだったのだ。
そんな事で、ある時久々に部屋から出てきて洗面所にいたD氏に、他の白人修行者が
「瞑想しないのか?頭がスッキリして気持ちよくなるぞ」と勧めた。
すると彼は面倒臭そうに「明日からやろうかな・・・」とだけ応えた。本当に全てが先延ばし人生のD氏だ。
だが、それを聞いた私は「なるほど、だから彼はあしたのジョーが好きなのか」と納得した。
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シェフの写真 Fabien Beckerによる画像