Hさん イギリス人 40代 女性
問題
人は解脱、悟りの境地に達するとどうなるか?次の3つから選びなさい。
①超能力を使って病気を治す事が出来るようになる。
②ムー大陸が何処にあったか判るようになる。
③目つきが悪くて偏狭で攻撃的になる。
Hさんが、マハーシ式ヴィパッサナーのPS瞑想センターが主催する、年末年始恒例の「スペシャルリトリート」に参加すべく、はるばるイギリスからやってきたのが2010年11月末。100人もの外人修行者が集まって2か月間合宿で修行する大イベントの会場となるのは、ヤンゴンの隣のバゴー市にあるPS瞑想センターの森林支部だ。
Hさんはここに一足早く、リトリート開始の2日前に到着し、12月1日からの開始に備えて旅の疲れを癒やし、体調を整えているところだった。「やっぱり大イベントは万全の体調で臨まないと・・・・」
今、Hさんが居るPSセンターのバゴー支部は東京ドームが何個入るか判らない、郊外の森林地帯にある広大な瞑想センターだ。森の中には点々とコテージ(クーティーという)が建てられ、自然が一杯で、アウトドアライフが好きな人々にはたまらない風光明媚な場所でもある。
PSセンター⇒https://www.google.com/search?
同時にここは厳しい事でも有名で、修行は集中没頭型で、座る瞑想と歩く瞑想とがキッチリと時間割り通りに行われ、瞑想ホールには常に監視員がいて、開始時間までに修行者が来ないとクーティーまで迎えに行って連行してくるという、鬼道場の雰囲気が漂う場所でもある。
だからHさんがそんな風にノンビリ構えて部屋の掃除などをしていると、突然目つきの悪い30過ぎぐらいの比丘がやって来て気合いを入れた。
「おい、何をやっている?修行の時間だ!修行姿に着替えたらとっとと瞑想ホールへ行けっ!」
突然の事に驚いたHさんは「な、何ですか、あなたはっ?!」とっさにそのように反応した。名も名乗らないばかりか、無愛想で相当威圧的な態度のこの男に、チンピラ坊主が何やら因縁をつけてきたと思ったのだ。
教育者であり、日本に来て山形の高校で英語を教えた事もあるHさんは、このような無礼者が許せない。「あなたのような人がなぜここにいるんですかっ⁉ちゃんと住職の許可は貰っているんですか⁉」更にその比丘を叱責した。
だが比丘も言い返す。「修行やる気がないんだったら帰れ!」
全く信じられない。これが比丘のとる態度かと唖然とするHさんは、更に叱責を繰り返した。「あなたにそんな事を言われる筋合いはありません!出て行かなければならないのはあなたの方です!」
だが、その比丘が森林瞑想センターの住職である事が判明したのは、その直後だった。Hさんは何と、指導者の指導に反抗的な態度をとった事にされ、住職に瞑想センターからの退去を命じられたのだ。
大イベントを目前にして、突然瞑想センターから追い出されてしまったHさん。だが、それでもまだ自分の身に何が起こったのか理解出来ないままでいる。
「な、何であんな野蛮人が住職なの?」
数え切れないほどの追放者
それから数日後、場所は変わってS瞑想センター。
「私はPS瞑想センターの森林支部に3か月いたが、その住職とトラブって追い出された白人を3人見ている」
「私は6か月いたが、追い出された白人は6人いた」
Hさんは他の瞑想センターからの落ちこぼれが集まると言われるこのSセンターに移って、PSセンターでの出来事を他の修行者たちに訴えていた。そこで判った事は、PSセンターの森林支部に行った白人の修行者は、必ず住職とぶつかって追い出されているという事実だった。
どうも元々その森林瞑想センターの住職は、白人さんとは相性が悪いようだ。Hさんだけではない。まだアラサーで若い住職だったが、コワモテでかなり攻撃的で、確かに修行者に対して友好的な態度はとろうとはしなかった。白人さんたちは彼のそういう態度に腹を立てていたのだ。
ではなぜそんな若い住職を置いているのかというと、PS瞑想センターに詳しい人の話では、つい1年ほど前までは前任の住職がいたのだが、その人が辞めてしまったから急遽住職を任される事になったのだという。
ではついでに、なぜその前任者が辞めてしまったかと言うと、やはりその人も現職同様にコワモテで、白人とトラブルばかり起こしていた人だったという。そしてその指導者がアメリカに指導に行った時、リトリート参加者にお布施を頼んで恐喝で訴えられてしまったのだそうだ。
そして裁判で実刑判決を喰らい、半年間刑務所で懲役を勤めてきたらしい。懲役に行ったら戒律は守れないから還俗したという事だった。
確かに集中没頭型瞑想のコワモテ指導者からお布施なんか頼まれたら怖い。アメリカは訴訟の国と言うが、訴える人が出てきてもおかしくない。
ミャンマー仏教界ではこういう指導者がまかり通る事も許されるが、民主主義の国ではやっぱりそれは、犯罪に等しい行為として扱われてしまったのだった。
集中没頭型 VS マインドフルネス
集中没頭型瞑想の聖者
PS瞑想センターだけではない、私が知っているだけでもマハーシ式のCという瞑想センターの管長も、結構外人とはトラブルを起こしている。
例えば外人向けの法話の時、質疑応答のやり取りをしていて、あるインドネシア人が勘違いして他流派であるモゴ式ヴィパッサナー理論の「パティッチャサムッパーダー」について説明を求めた時、それにキレて「お前出て行け」と彼を追い出したのだ。単に勘違いしただけのインドネシア人を。
それを見ていて「まるで独裁者だな。たかがそんなツマラナイ事で追い出すなんて、全然公共性のかけらもない」と外人たちみんなで話し合ったものだ。
そんなのも民主主義の国に行けば実刑判決とまではいかなくても、やはり非難されるような傲慢な振る舞いになる訳だ。「そうだろう?あんなの許しておいたら世の中がおかしな事になる」と、それを聞いて少し安心した。あんなやり方がまかり通る世界にいたら人間関係の感覚までが狂ってしまう。
だがミャンマーでは修行者は、悟れば聖者と言われて何をやっても許される。自分の気に入らない修行者がいればとっとと追い出して構わない。反論する人、意見を言う人、みんな「出てけ!」で終わってしまう。
これは聖者と修行者との関係だけではない。聖者と言われる人同士でも、意見が対立すれば「あいつは悟っておらん」とお互いに罵り合う。
有名なのはタイを代表する大聖者のアーチャン・チャーと、ミャンマーを代表する大聖者のマハーシ・セヤドーとの対立だ。大聖者同士がお互いに「あいつは悟っておらん」と罵り合ったのだから、修行者たちはどうしたらいいのか判らなくなる。
それは異なる瞑想法をとる、他流派間の対立ではなく、同じマハーシ式ならマハーシ式の、しかも兄弟弟子同士であっても対立し、同じような批判合戦になるというのだから呆れて物も言えない。
こういうのが典型的な集中没頭型瞑想で悟ったタイプの聖者の姿だと、一般に修行者たちの間では言われている。集中没頭型の瞑想は、悟りまでの修行期間が短くて済むが、このような偏狭で攻撃的な聖者を生み出す可能性が高くなると言う訳だ。
ただし、それは噂みたいなものであって、どれだけの可能性かという具体的な数字があって言っている訳ではない。集中没頭型瞑想の指導者であっても、温厚な人は沢山いる。
全部が全部偏狭で攻撃的になるというのでもない。
マインドフルネス瞑想の聖者
そんなトラブルがあってS瞑想センターに移ってきたHさんであったが、今度はPSセンターとのあまりの雰囲気の違いに驚いた。
なぜならそこには集中没頭型のセンターの緊張感に溢れた修行者たちと、それに気合いを入れるコワモテの指導者の図式とは対照的な、リラックスして楽しそうな修行者たちと、気さくでユーモアたっぷりの温厚な指導者たちの図式があったからだ。
マインドフルネス瞑想の指導者のウ・ジョティカ長老(右)と故シュエウーミン大長老(左)の写真
Hさんには「これがマインドフルネス瞑想の道場か!あっちとは全然違う」そんな感じでトラブルがあった分だけ、その違いが一層はっきりと見えたのだった。
だからSセンターに移ってからというのもの、Hさんは水を得た魚のように瞑想しまくった。外人女性の中では一番熱心で、夜、消灯後も真っ暗な瞑想ホールで、一人遅くまで座っていた。とてもじゃないが、やる気がないとレッテルを貼られて追い出された人には見えなかった。
そもそもHさんは出家して修行に専念するために、学校の先生を辞めてきたのだという。本来はやる気満々の人なのだ。最初にちょっと相性の悪い指導者に当たってしまっただけだったのだ。
修行場の選択
このように、修行者は修行に入る前に、あらかじめ修行方法と自分のやりたい事とが合っているか?自分の体質に適しているか?を考慮しておかなければならない。そしてまた瞑想センターに行ったら、そちらの指導者との相性も見ておかなくてはならない。
更に瞑想センターでは、こんな感じで追い出しを喰らう事など日常茶飯事だから、そんな事ぐらいでヘコんだりしてもならない。Hさんのように単に向いていなかっただけかもしれないのだから。
また、ここではHさんの例を取り上げたが、彼女とは逆に、PSセンターのような緊張した雰囲気の中で、コワモテの指導者に軍隊ノリで厳しくシゴかれた方が修行出来るという人もいる。
そういう人がSセンターのようなリラックスムードの所へ来ると、今度は物足りなく感じられる。だからそういう人こそPSセンターみたいな所に行けばいい訳だ。本当に修行道場の好みは人それぞれ千差万別だ。
一番肝心なポイント
だがこのHさん、安心したのも束の間、張り切り過ぎが祟ったのか、今度は体調を崩してダウンしてしまった。
ミャンマーの暑さと油っこい食べ物も向いてなかったのかもしれない。1週間ほど寝込んだが、体調が思わしくないので、せっかく見つけたSセンターであったが、ここを去ってミャンマー以外の所へ行く決心をしたという。
言い忘れたが、修行者が修行道場を選ぶ要因の中で、最も重要なのがこの気候や食事の問題になる。これで潰れる修行者も結構多いから気をつけなければならない。
特に油っこい食べ物が苦手な人と、菜食にすると歯がグラグラ不安定になってしまうという人は要注意だ。行く前に粉末のプロテインを用意しておく必要がある。
やっと見つけた最適な場所
しかしHさんはそれからアメリカに渡り、また自分に適した方法と指導者のいる道場を探したというのだから凄い執念だ。そしてついに見つけたのはニューヨークにあるチベット仏教のお寺だった。
元々チベット仏教の指導者、チョギャム・トゥルンパのファンだった彼女はチベット式ヴィパッサナーの「マハームドラー」を修行したかったのだという。そしてとうとうそれを存分に出来る所を見つけたのだ。
そして「尼さんになったよ」と、かつてミャンマーで一緒に修行した人々に出家の報告をしてきたのは、HさんがSセンターを去ってから、ちょうど1年後の事だった。
「ヘエーHさんとうとう尼さんになったってよ。凄いね」
彼女の遍歴の旅を知っている仲間たちはそれを聞いて安心した。トラブル続きだったHさんが、もうトラブルに遭う事はなくなったのだから。
ニューヨークのチベット仏教の瞑想センター