【修行者列伝〈ミャンマーで出逢った修行者たち〉#09】隠遁したサバイバル修行者

2020年10月9日金曜日

修行者列伝

t f B! P L


P比丘 アメリカ人 40代 男性 


 「ヤテー」とはミャンマー語で「隠者」の事を言う。隠者の異名をとったアメリカ人のP比丘は2002年3月から2007年12月までの間のうち、4年半をミャンマーで修行して過ごした。


元ダンサーの彼はハンサムで優しく、しかも相手を褒め殺すのが上手いため、女性ファンが多く、よくミャンマー人女性たちからジュースや果物などの差入れを貰っていた。


彼はいつもオランダ人比丘やオーストラリア人比丘たちと一緒にいたのだが、貰えるのは彼だけで、白人比丘たちの中で、まるでアイドルのように人気を独占していた。そうだ、彼はカッコ良ければ坊さんでもアイドルになり得る事を証明してみせたのだ。


また人望も厚く、外人修行者たちのまとめ役で、P比丘が外人だけのピクニックやオールナイト瞑想会を企画すると誰もが喜んで参加した。特に女性修行者たちは浮かれまくってはしゃいでいた。


だが、実際には彼は孤独が好きらしく、普段は瞑想センターでもなるべく人目につかないような場所を選んで瞑想していた。そのためいつしか彼は「ヤテー」と呼ばれるようになってしまっていた。


P比丘に直接聞いた話によると、彼はだいぶ前に交通事故に遭って以来、ずっと心身の調子が優れないのだと言う。そのため以前のようには踊れなくなってしまったそうだ。そして瞑想はその治療のために始めたらしい。


「おれ」という概念を抜く  


 そんなP比丘の課題は何かを考える時、あるいは他人から何か言われた時「おれ」「おれの」と所有格を付けた場合とそうでない場合とでは、それに続く反応がどう違うかを探究する事だった。


「例えば自分の家族が死んだ時『おれのお父さん』と考えた場合と、単に『お父さん』と考えた場合とでは感情がどう違うか?


「あるいは他人から罵られて『アイツはおれを罵った』と考えた場合と、単に『アイツは罵った』と考えた場合とではどちらが腹が立つか?」彼はそのような探究のテーマを指導者から与えられ、瞑想中はいつもそれを探究していたのだ。だが解決は中々困難を極めるらしく、よくその話を私にも持ちかけてきた。


「そうだねえ・・・」確かに何か嫌な事を思い出した時に「若き日のおれ」と思うと複雑な気持ちが込み上げるが「おれ」をつけなければ心は何も反応しない。一体何なのだろうこの「おれ」という概念は?


だがこの探究テーマは私には与えられていないが、どうしてP比丘だけがこんな事をやっているのだろう?


P比丘の謎の部分 


 P比丘の話だと、この探究テーマは以前いた瞑想センターの指導者から勧められたのだという。決してココのCセンターで与えられたものではない。そしてそれは以前の師がP比丘だけに特別に伝授した方法なのだと言う。P比丘は以前いた所の指導者から、特別な方法を教えられるだけの何かを持っている人だったのだ。


では、そういう事ならばずっとその瞑想センターに居ればいいのにどうしてそこを出てこのCセンターに来たのだろう?やはり孤独に修行したかったからなのだろうか?P比丘を見てると何やらわからない事が沢山出てきてキリがない。


どうでもいいが、そこまでして彼を孤独に向かわせるものは一体何なのだろう?



洞窟にこもるP比丘


 そんな隠者のようなP比丘がヤンゴンから北へ、バスで16時間の田舎町にあるC瞑想センターの地方支部に来たのは2007年3月の事だった。


この瞑想センターは標高800メートル以上の高原にあり、近くには渓流が流れ、滝があり、岩場には洞窟があった。周囲は自然がいっぱいで、修行者はその中で修行してもいい事になっていた。




 彼はこの場所を一発で気に入り、早速洞窟の中に座を設え、そこで瞑想するようになった。洞窟の中にはローソクが灯され、仏像が安置され、彼の愛読書が並べられ、ポットにはコーヒーが入っていた。彼は食事は食堂で、睡眠は自室でとっていたが、それ以外はずっとその中で過ごしていた。


洞窟の中はひんやりと涼しく、真っ暗で何も見えず、聞こえない。時折どこからか水が滴り落ちる音が微かに聞こえるだけだ。


「いい所だろう?」「イエス」見物に訪れた私は、彼に聞かれたらそう応えるしかなかった。だが、私がそれをやるかと言われたら断る。私は文明の中でしか生活した事がないからだ。


「本当に好きだな」何やら苦笑いせずにはいられない光景だった。


自ら瞑想小屋を建てるP比丘 


 彼はそこで2〜3か月過ごすのだが、季節が雨季に入り洞窟の中に水が流れ込んでくるようになると、今度はそこから出て崖の上の野原に座を設え始めた。


雨季だから屋根がなければならないので、どこからか竹を切ってきて組み立てている。そのうち白人が瞑想小屋を建てているという事で、それを見た村人たちも面白がって協力するようになった。そしたらいつの間にか立派なミャンマー伝統式の高床式の竹造りの住居が出来上がってしまった。





中に入るとまるでテントの中にいるようだ。窓もあるし、バナナの葉っぱは意外と雨を通さない。


「いい所だろう?」「イ、イエス」落成祝にコーヒーと果物を振る舞われながら、私は苦笑いしてそう応えるしかなかった。




コーヒーの水は近くの泉から汲んでくる。お湯は石を重ねて作ったかまどで沸かされる。まるでキャンプ場だ。


彼は夜もここで泊まる


「キミも隣に建てないか?凄く楽しい生活だよ」


「いや、いいっすいいっすアハハハハ・・・・」顔がひきつる私。


「本当にワイルドな人だ」と感心を通り越して呆れてしまった。


病院に担ぎ込まれたP比丘


 だがそれから数日後、彼は泉の水による食中毒と蚊に刺された事によるマラリアを同時に発症し、病院に担ぎ込まれて入院する事になってしまった。

高熱のため意識も朦朧とし、まるで生死を彷徨っているかのようだった。容体を案じた住職までもが病院に付き添った。誰もがP比丘の命の心配をするほどの状態だったのだ。

「あれではもう戻って来ないだろうな。たとえ回復したとしても」誰もがそう思った。

普通の神経の持ち主であれば、そんなとんでもない目に遭った日には、二度と瞑想センターなどには戻りたくなくなるものだ。

しかし決して懲りない彼は退院してからもまた瞑想センターに戻り、またその野外生活に戻ったというのだから驚くしかない。

ガリガリに痩せこけていい男も台無しになったにもかかわらずだ。

一体何が彼をそこまでさせるのか判らないが、そこまでして孤独に座りたがる彼に何やら痛々しさを覚えずにはいられなかった。

晴ればれと帰ったP比丘 


 それからしばらくしたある日、P比丘が突然私の部屋を訪れ、私に2冊の本を手渡した。

 その2冊の本がこれ↓

 




「ヒロ、今までありがとう。世話になったな。俺はアメリカに帰る事にしたよ」


「えっ!」


そして驚く私にいきなり別れの言葉を切り出した。私はてっきりマラリアで懲りたから帰る事にしたのかと思っていたが、なぜかその時のP比丘は晴ればれとした、いい顔をしていた

ミャンマーでずっと心の中を探究していたけどやっと判ったんだ。4年半もかかったけどやったかいがあったよ」そして私にとうとう与えられていた課題が解けた事を打ち明けた。

そしてその本を書いた長老はうつ病を瞑想で克服した事でも有名だという話もしてくれた。P比丘に探究の課題を与えたのもその長老だったのだという。

私はその時は何が何だかよく判らなかったが、どうもP比丘は以前から何らかのトラブルを抱えていたものの、それを4年半の探究で何とか克服したらしいのだ。

だからその事を伝えにその長老の元へ行き、それから直ぐ帰国の途に就くのだと言う。

このようにミャンマーまで瞑想修行に来る人々は、心に何らかの問題を抱えている場合が多い

P比丘は幸い修行によって何とかそれを乗り越えたが、このような人ばかりではなく、中にはダークサイドに堕ちてしまう人もいるので、修行する際にはこのP比丘のように指導者の指示に従って気をつけてやらなければならない。


P比丘からのメッセージ 


 それから数日後、P比丘は瞑想センターから去って行った。P比丘が置いていった本を開いてみたら、そこには「あなたが涅槃を達成しますように」というメッセージが。

「S瞑想センターのT長老か・・・」私は後に自分の師として長く付き合う事になる長老の名前を、その時初めて知った

雨季が終わり乾季に入ると村人たちは、あちこちで伸びきった雑草を刈り取って燃やすようになった。

主のいなくなった竹製の瞑想小屋は、近くの焚き火が引火して炎上し、10分で燃え尽きてしまった。


Image source
洞窟 : Róbert Kótaによる画像 
かまど :  Waltteri Paulaharjuによる画像



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  最終更新日 2023.12.31

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