Sさん 日本人 50代 女性
このエピソードはミャンマーで修行している人々の間では語りぐさになっているものなので、もしかしたら先生などから聞いて知っておられる方々も多いかもしれない。しかしそれを大変間近で目撃した者の一人として、もう一度ここで詳しくレポートしてみたいので、もし繰り返し聞く事になる方がおられたら、どうかご了承願いたい。
魔性の女
この事件の発端となるSさんは、2002年の4月、ヤンゴンにあるマハーシ式のC瞑想センターを訪れた。だがSさんがミャンマーを訪れたのはこれが初めてではなく、その前から度々マハーシ式の総本家であるM瞑想センターを訪れていた。
Mセンターの常連さんたちに聞くと、彼らの間ではこのSさんは「要注意人物」として早いうちからマークされていたようだ。要注意とはそのSさんの言動の事。
そうだ!Sさんはいつでも高慢さ丸出しの態度で他の修行者たちを見下し、自分の事はさも偉い者のように語る、人格に何らかの障害のある魔性の女だったのだ。
彼らの話によるとSさんは、自分なりの悟りの基準を持っていて、自ら「預流果(注)に達した聖者」である事を標榜し、周囲の人々の事は「みんな何も判っていない愚か者」と露骨に見下しては「判らない事があったら何でも聞いてね」と舐めた態度をとっていたのだという。
そしてSさんの口癖(言い訳)は「指導の長老に私の瞑想体験を報告しても、通訳をしているミャンマー人女性が瞑想を知らないから、私の体験をきちんと長老に伝える事が出来ないため、絶対長老に認められる事がない」というものだった。
「だから正式な指導者にはして貰えないけど、一応はちゃんとしたレベルまで行っているから信用して大丈夫よ」と言って、何も知らない人々を次々と騙しては、先生気取りになっていたらしい。
そのSさんが今度はCセンターに鞍替えしたのは、Cセンターが郊外のモビという村の森林地帯に、森林支部を持っていたからだという。
目的通りSさんは、Cセンターに着くなり直ぐ、尼さんになってそのまま森林支部に直行した。そしてSさんに関する奇妙な噂を聞くようになるのはそれから1週間か10日ぐらいしてからの事だった。
「モビに変な日本人がいる」
そう教えてくれたのはC瞑想センターでボランティアで日本語通訳を務めてくれていた元ミャンマー政府の公式通訳だった女性だ。
「面接指導で長老が雑念が出た時の対処方法を尋ねたのに『雑念は出ません』と応えたし、足の痛みの観察方法を尋ねた時も『足は痛みません』と応えました。2回面接して2回ともそう言いました。それで長老は頭がおかしい人と判断して、面接指導を打ち切りました。私も通訳をしていて嫌でした」
通訳女性は指導者に頼まれてわざわざ車で30分もかかる森林支部まで一緒に行き、Sさんの面接指導の通訳を務めたのだが、そんな訳で全く話にならなかったのだという。
「長老も嫌だったと思います。Sさんの応えを聞いて『そんな筈はない。少しぐらいは雑念が出たり足が痛んだりするでしょう?』と確認していましたから。しかしSさんは『いいえ全くありません』と言い切ったのです」
そういう事で当時ヤンゴンのCセンターの本部にいた私は「なるほど、モビにはちょっとおかしい人がいるのか。でもそんなんじゃ直ぐ追い出されるだろう」と漠然と思っていた。
1年経ってもまだいたSさん
それから1年後、そんなSさんの事などすっかり忘れていた私は、再びC瞑想センターのヤンゴン本部を訪れて修行していた。
そんな時、そのSさんのいるモビ村の森林支部から一人の日本人男性が移って来た。
「あっ!日本の方ですか?ちょっと教えて下さい!正しい瞑想のやり方ってどうやるんですか?」
そして私を見つけるなり突然瀕死の形相でそう尋ねてきたのだ。私は彼のあまりの異様な態度に「何だそりゃ?この人は何を血迷っているんだ?」と呆気にとられてしまった。
Sさんの瞑想法
「坐る瞑想をしていて出てくる雑念を、星座のように一つ一つ繋ぎ合わせていく。するとそこから何らかのキーワードが浮かび上がる。それが真実!と教えている訳です」
「例えば僕がやった時は今まで会った人々の事を次々と思い出しました。そして『八方美人』というキーワードが思い浮かんだのです。それをSさんに言ったら『それがあなたの真実です』と言われてしまいました」
何と!Sさんはこの1年の間に勝手にC瞑想センターの中でそのようなオリジナルの瞑想法を日本人たちにやらせて、勢力を拡大させていたのだ。
その報告してくれた男性によると、Sさんは森林支部では一人だけ面接指導を受けていないのだという。
それは通訳女性に聞いて判っていたが、Sさんは勝手にそれを「悟ったから面接指導はもう卒業した」という事にして、他の日本人たちに吹聴していてとんでもない事になっているそうではないか。
「他に日本人がもう2人いるのですが、その彼と彼女はSさんの言う事を全部鵜呑みにして信じきっていて洗脳されたようになっています。だから私も最初は本気にしていました。しかしあまりにも長老の指導とかけ離れたSさんの指導に疑問を持つようになりました。それでも連中といると何が何だか判らなくなるのでこっちに移って来たのです」
森林支部にいる3人の日本人は、マハーシ式の瞑想もやらず、Sさんのオリジナルの方法で「過去にあったあの出来事の真相は?」とやって「あっ!知人のでっち上げというキーワードが出てきたから俺のせいじゃなかったんだ!俺は騙されていたんだ」と被害者ヅラしたり「未来はどうなるか?」とやって「ビジネスというキーワードが出てきたからビジネスやれば成功するって事だな。じゃあ何のビジネスやればいいんだ?」とハマってみたり、全然物事をありのままに見ようとする瞑想からは程遠い事をやっているのだという。
そして例のSさん独自の悟りの基準にその体験を当てはめて「ハイ!あなたは預流果に達しましたよ。おめでとう」などと勝手な認定まで出しているそうではないか!
「でも私が去る時にSさんは『修行法に疑問を持つ心は不善心ですよ。地獄に堕ちますよ』と私を呪縛したのです。その言葉が今でも耳にこびり付いて離れません」
何と恐ろしい!それはでまるっきりカルトの手法と同じではないか!そうだSさんはミャンマーの瞑想センター内で、日本人カルト集団を形成してしまったのだ。
強制執行されるカルト集団
そのうち今度はその森林支部の方から噂が流れてきた。何でもSさんに洗脳された男性が錯乱状態になって、森林支部の住職に掴みかかって支部から追い出されたのだという。
「あの人はSさんに心酔してまして、食事が終わって食堂から自分の部屋に戻る途中にSさんの宿舎があるのですが、その前でずっと2人で立ち話してるんですよ。瞑想もしないで。毎日5〜6時間ぐらいは話してましたかね?」と目撃情報。
そしてそれを注意しようとした住職に「邪魔するな!」と言って胸倉を掴んでかかったのだという。もう完全におかしくなっているようだ。
また、もう一人の女性の方もSさんから引き離され、本部に連れて来られて毎日夕方5時から管長直々に洗脳を解くべく、カウンセリングを施されていた。
Sさんの奇妙な教えによって、信者となった人々はみんな精神に異常をきたしてしまったようなのだ。
「それにしても何であんな変なオバサンの言う変な話を信じるのでしょうか?何で彼らはあそこまでSさんにハマったのか?」私はそれが一番不思議だった。
とは言え、Sさんのような人格に障害のある人の常軌を逸した言動は、しばしば一般人の目には魅力的に映る事も確かだ。洗脳されてしまった2人は、長老たちの説く本物の仏教より、Sさんの説く奇妙な論理の方に惹きつけられてしまったのだから。ではそこには一体どんな事情があったというのか?
グルジェフの共同体
不思議な事にSさんにハマった信者たちは2人とも追い出されたり「脱洗脳治療」を施されたりと、瞑想センター側から厳しい処分を下されたわけだが、なぜか主犯の教祖様であるSさんだけは何もされなかった。それは一体何故なのか?謎が謎を呼んで何が何だかサッパリ判らなくなってきた。
その事について神秘思想に詳しい日本人男性と話していたら「そう言えば昔グルジェフの共同体に一人おかしな人がいたらしいのです。みんなに迷惑ばかりかけて嫌われていた。それでその人は結局共同体を出たらしいのですが、グルジェフが追いかけて引き止め、給料を払うから何とか居てくれと頼んだというエピソードを聞いた事がありますね」という話を披露してくれた。
なるほど。ああいう人がいると他の修行者たちの修行が進むのか。それが本当かどうか判らないが、まあ何にせよ凡人には判らない何らかの理由があるのだろう。
結局追い出されたSさん
だが、そんな感じで一月程経った頃だろうか?モビ村の森林支部の方でまた動きがあった。
現在大阪で仏教や瞑想を教えているN澤先生が、急遽C瞑想センターに呼び出されたのだ。そして森林支部へ行ってSさんの通訳をしてくれと頼まれたという。
何と!森林支部では住職が突然Sさんに施設からの退去を命じたのだ。それに対してSさんが弁明をするので、通訳にN澤先生を呼んで欲しいと要求したらしい。
それでN澤先生がわざわざ忙しい中を森林支部まで駆けつけると、Sさんは
「私は不還果まで悟っている。そんな私を追い出すのですか!」
と主張したのだという。突然呼び出された上に狂気の台詞まで通訳しなければならない破目に陥り、困惑するN澤先生。
それにしてもあれ程の騒ぎを起こしておきながらも追い出さずにおいたSさんの事を、Cセンターの方はどうして突然追い出す気になったのか?後で判った事だが、実はそこにはこんな事情があったのだ。
Sさんのクーティー
森林瞑想センターの中には、通常の2階建ての10室、20室入りの宿舎ではなく、木立ちの間にこのような一戸建てのコテージ(クーティーと言う)がたくさん建てられている。この事件のあった2004年の始めには、これ一軒が100万円以下で建てられた。また、外人で高額なお布施をしたい人はよく森林内にコテージを寄付する事が多い。
実はSさんは、数か月前にこのコテージをCセンターの方に寄付していたのだ。つまりSさんが追い出されなかったのはこのコテージがまだ建築中だったからだという事になる。
そしてそれが完成するや否や退去を命じられたのだが、つまりそこには瞑想センター側からの「せめて寄付した本人に完成した状態だけは見せてやろう」という配慮があったのだ。単にそれだけの事だった訳だ。グルジェフは関係なかったわけだ。
あれから15、6年経ったが、今でもCセンターの森林支部に行けば、Sさんが寄付したいわく付きのコテージを見る事が出来る。このコテージは他のと違ってかなり贅沢な造りになっていて、床には絨毯が敷きつめられ、冷蔵庫も備え付けられている。
どうやらSさんはここに一生住むつもりだったのではないだろうか?まさにSさんの野望がそのまま表現された形になっているではないか。
瞑想センターでは通常こういう事件は起こり得ないのだが、このCセンターはあまり指導をしっかりとするところではないから、のめり込んで修行したいのに何も教えて貰えず不完全燃焼をおこしている修行者も多い。
私は個人的にはそれが一部の修行者をSさんの元へ走らせる一因となったとも思えるのだ。
何よりもそんな修行道場においてでさえもカルトにやられてしまった人々がいるという衝撃の事実。こういう事件もあったという事を心に留めて、これから瞑想センターに行かれる方は、どうか油断なさらないように。
そんな訳でSさんは、それ以降C瞑想センターの森林支部から姿を消した。その後M瞑想センターの地方支部や、PA瞑想センターに出没したという噂を聞いたが、真偽の程は定かではない。
2000年の時点で50歳ぐらいだったSさんだが、今でもどこかでオリジナルの瞑想法を教えているのだろうか?
ここで私に出来る事は、ただ注意を促す事しかないのだが、見かけた方はそういう訳で、どうかその瞑想法にだけは気をつけて頂きたい。