【修行者列伝〈ミャンマーで出逢った修行者たち〉#20】セカンドチャンスを与えられた修行者

2020年12月26日土曜日

修行者列伝

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M氏 アメリカ人 40代 男性


コロラド州デンバー



 M氏がコロラド州のデンバーからミャンマーのS瞑想センターまでやって来たのが2014年の暮れ。その時はちょうどこの1980年代半ば頃のディック・マードックのようにでっぷりと太っていた



ディック・マードック



この頃のディック・マードックはサイズを見ると190センチ120キロとある。しかしM氏の身長はこれよりもう少し高かったように思う。なぜならその同時期にSセンターには193センチのドイツ人がいたのだが、彼と並ぶとそれと同じか、もしくはそれより少し高いかぐらいだったからだ。


それはいいとして、M氏はそんな大男で迫力満点な上に、そのツラ構えは少しばかり人相が悪いと来ていて、どうも私を始めとする周囲の人間たちをビビらせずにはいられなかった。



暴力的な雰囲気 




 M氏が来た次の日、早朝に修行者たちが宿舎を掃除していた時の事だった。私はボロボロになって紐(ひも)の数が半分ぐらいにまで減ってしまった使えないモップを使って、何とか廊下を必死でモップがけしていた。だがそれを見たM氏は不満そうな顔をして私を呼んだ。


「おい!何をやっているんだそこの日本人!ちょっと来い!これを見てみろ!」


と言って廊下の隅を指差した。すると廊下はモップがけしたばかりで濡れていたが、隅の方は水が付いておらず、色が違って見えた。明らかな拭き残しがあったのだ。


するとM氏は「おい!ちゃんと隅々までしっかり拭かなきゃ駄目じゃないか!手を抜くな!」と強い口調で私に言った。



「おっ!軍隊ノリだ!」








その時私はこのM氏というのは、いつも号令と共にテキパキと動いているような、厳しい軍隊ノリの人だと思った。



「ハ、ハイ!判りました!」



それで敬礼まではしないものの、迫力に圧倒されて素直に言う事を聞いた。いつもならこんな時は「何だコイツ偉そうに」と反抗的になってしまうのだが、M氏のあまりの迫力に尻尾を丸めてすっかり小さくなってしまったのだ。


だがその時だった。M氏が去って行くのを確認するなり、今の出来事の一部始終を見ていた韓国人の大学教授が私に寄って来て耳元で囁いた。



「あの人凄い怖いね!今まで相当バイオレンスやってきてるよ!」



「バイオレンス?そうだ、それだ!」M氏から伝わって来る凄い迫力、それはこの暴力的な雰囲気だったのだ。M氏はデカイ図体の上に暴力的な雰囲気を漂わせた、まさに周囲の人々に恐怖のどん底に落とす、鬼軍曹のようなタイプの修行者だった訳だ。



土足厳禁の宿舎 


 そんな暴力的な雰囲気を漂わせていたM氏であったが、それから数分後、今度は瞑想センターの中庭で、サンダル履きで歩く瞑想を始めた。それを恐る恐る宿舎内から見ている他の修行者たち。








それが終わると、次は一旦自分の部屋に戻って来たM氏。だがよく見ればその時何と彼の足には汚れたサンダルが!何をやってるんだか!M氏は自分で掃除したばかりの廊下を今度は土足のまま歩いているではないか!


これは家の中でも靴を履いたまま過ごす習慣のあるアメリカ人は、慣れないうちは誰もがやってしまう癖でもある。これをやらない奴はアメリカ人じゃないというぐらいの確率で殆どの人がやる。


一方の我々アジア人は、どんなにうっかりしても絶対に土足で宿舎の中に入り込む事などないのだが。


だから他の修行者たちもその光景は見慣れていて、そんな事をしているアメリカ人がいれば注意して、入口の前で靴を脱ぐアジアの習慣を教えてやるのがお約束事となっている。


だが、この時ばかりはなぜかM氏が土足のままいるのを見ても、誰も注意する人はいなかった。つまり口には出さないまでも、誰もが彼にビビっていたのだ

 



M氏の職業 


 そんな感じで、宿舎にいる間は同じフロアのM氏に恐れを抱きながら生活していた訳だが、ある時勇気を振り絞って、洗面所で何気なく彼の職業を聞いてみた。


何となくこの人が漂わせている雰囲気は、警察とか軍隊とか、暴力が許される方面から来ているものだと思えたからだ。


するとM氏は「もう辞めてきたんだが」と少し考え込みながら「不良少年少女たちって判るかな?」と話し始めた。





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「不良少年少女たちの更生官?」


何でもアメリカには、犯罪者たちへ「セカンドチャンス」という、人生をやり直す機会を与える制度があるのだという。


例えば日本だと、相撲取りやプロ野球選手が賭博や薬物などの違法行為で逮捕されたりしたら、それでその世界からは追放され、永遠に復帰する事など出来ないが、アメリカでは刑務所などで訓練を受けて「もう二度としない」というお墨付きが貰えれば、もう一度復帰させて貰えるのだという。


つまりM氏は、少年院で犯罪者たちを更生させてもう一度社会復帰させ、二度と犯罪を犯して戻って来なくなるように、徹底的に訓練し直す教官だった訳だ。



「そうか!判った!あれは軍隊ノリじゃなくて少年院ノリだったのか!」



なるほど、それでM氏があのような雰囲気を漂わせていた訳だ。あれは確かに教官、しかも鬼教官の姿だ。



M氏の本当の性格 


 そしてその時私は、M氏とそういう話をするのに、発音の悪いカタカナ英語を駆使していたのだが、そこで彼の人柄というものに触れる事になる。


通常私がネイティブの人と話す時は、英語の発音が悪いために、時々通じ難くて「ハア?」と判らない顔をされる事が多い。


しかしM氏はこの時「ん?今何て言いたかった?」と単語のスペルを聞いてきて「ああそうか。ではそれを言うならこう発音するんだ」と、凄い誠意のこもった態度で親切に教えてくれたのだ。


それで私はその時「おっ!この人は本当はいい人だぞ」と何となく気づく事が出来た訳だ。




M氏の瞑想体験 


 そのような迫力満点のM氏であったが、一緒に面接指導に出て、実は意外なタイプの修行者であった事を知る。






「若い頃の失敗や、勘違いしていた事を思い出しては、後悔や自己嫌悪に陥ってしまいます」



M氏は自分の過去の行いについて、自責の念を覚えていたのだ。


これは別にM氏が若い頃はワルだったという意味ではない。マインドフルネス瞑想を集中的に始めると「内観」と言って、今まで見えなかった自分の姿が客観的に見えてきて、それまで思っていたセルフイメージとのあまりのギャップに驚く事になる


M氏に限った事ではない。マインドフルネス瞑想を修行する上での通過儀礼みたいなものだ。



内観 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/内観



ついでに言えば人というものは自分の事をどのように思っているのか?大概の人はまあ虫がよく「俺は偉い」「カッコイイ」「正しい」のと思っている。


その思い込みと現実とのあまりのギャップに呆れるやら驚くやら、人によってはそこで修行を挫折してストップしてしまうほどだ。

 

M氏も「かつての過ちを思い出す度、自分の醜さや愚かさが見えてしまい、自分を責めずにはいられないのです。自分の愚かさも知らずに、いいようにのさばっていた事を思うと、世の中に申し訳ないような気がして仕方ありません」などと言って、だいぶ内観の効果が出ているようだ。


それについて指導するT長老は「思い出す事は何でも受け入れるように」「想念にあまり『』とか『若い頃の俺』などと思わないように」とアドバイスしていた。


このM氏がやっていた内観だが、実は欧米では日本人僧侶吉本伊信が考案した内観法が「NAIKAN」と呼ばれて、刑務所などで囚人たちの訓練に使われているのだという。


もしかしたらM氏は他人にやらせながら、自分でもやっていたのではないだろうか?


そしてそこから瞑想修行への興味が湧き、とうとう仕事を辞めてミャンマーまで修行に専念しにやってきた、そんな経緯があった事を匂わせるようなM氏の修行ぶりだった。



出家したM氏  


 M氏はそれから出家して比丘になった。比丘になってからは都市部の瞑想センターより田舎の小さなお寺の方が好きだったようで、ずっとそちらの方に滞在しては年に一度ビザの更新の時だけヤンゴンのS瞑想センターに戻って来るという修行スタイルをとっていた。



時間が止まっている田舎のお寺


そして年に一度、その時だけ私と会っていたのだが、会う度にM氏のお腹はどんどんヘコんでいた。恐らく10キロぐらいづつは減っていただろう。


それもその筈、田舎の僧院暮らしと言えば、食事は全て托鉢で貰ったものだけになる。それが1日2食だ。


一方の大人数が滞在する瞑想センターでは、修行者全員の食事を托鉢で賄う事など出来ないから、ちゃんと台所があってそこで専門の調理人たちが調理したものを食べる事になる。


どちらが豪勢かと言えば、当然瞑想センターの方だ。


しかもミャンマー料理に慣れないうちは食べるのに苦労した筈だ。とにかくミャンマー料理というのは信じられないほど油っこくて辛いのだから。





だがM氏はそんなの全然気にならないようで「ミャンマーの田舎の人たちはフレンドリーでいいな!」と田舎暮らしを喜ぶばかりだった。



変身したM氏 


そんな感じでM氏は何と!そのままミャンマーで3年間も修行を続ける事になる。


どうやらM氏は出家の生活が相当気に入ったようだ。もうアメリカには戻らず、このままずっとミャンマーで修行して過ごすつもりかもしれない。彼と親交のある人々は、みんなそんな風に思っていた。


そしたら出家してちょうど3年経った2017年の末に、M氏は突然「帰る」と言い出したのだ。


突然のM氏の発言に驚く周囲の仲間たち。彼らの戸惑いに対してM氏は


「やりたい事が見つかったんだ。ちょうど俺はグレートサンドデューンズの近くに土地を持っている」とだけ答えた。




コロラド州グレートサンドデューンズ



「何だろうそれ?その土地を使って駐車場経営でもするって事なのか?」


発想が貧困な私はそんな事ぐらいしか思い浮かばなかったが、もしかしたら広大な土地を使って農場か何かをやるという意味だったのかもしれない。その辺の詳しい事情についてはよく判らないが、いずれにせよM氏は一応修行に区切りをつけて、在家の修行者に戻る事にしたという。


その時のM氏の体型と言えば、3年前と比べて体重はもう20〜30キロぐらい痩せてすっかりスマートな中肉中背の体型になっていた。まるで若い頃のディック・マードックのようだ。


そして何よりも顔が優しくなって、以前のように少年院ノリではなくなっていた。


最初会った時はスマイルなど見る事は出来なかったが、そのうち会う時はいつでもスマイルで挨拶してくるようになった。M氏は実はアメリカ人らしい、明るい好人物だったのだ。


兎に角彼は、何もかもがあまりにも変わり過ぎていて、もはや3年前に見た原型を留めてはいなかった。


そしてM氏は最後に「俺はすっかり人間というものが信じられなくなっていたが、いい人たちとばかり交流出来てそれも治ったよ。ミャンマーはいいな」としみじみと語った。



M氏のセカンドチャンス 


 M氏は自らを僧院という、塀に囲まれて外界との接触を断った場所で、一定期間、内観をやって自分を客観的に見て過ごした。そしてそれによって心ばかりか、身体まですっかり入れ替わり、全然別人のようになってまた社会復帰する事となった。まるで犯罪者が服役を終えて出所するように。


犯罪者の中には再犯ばかり繰り返し、一筋縄ではいかない奴もたくさんいるらしい。そんなサイコパスみたいな連中といれば人間不信に陥ってしまう事もあるのかもしれない。M氏はもしかしたらそのような状態にあって心のバランスを崩していたのではないだろうか?


あの暴力的な雰囲気はその辺りに原因があったような気がする。


これは犯罪者を更生させるなどという仕事が、どれだけ骨の折れる作業であるのかを物語っている。M氏はそんな大変な事を20年以上もやっていたのだ。


しかし彼は3年間の瞑想修行によってそれを払拭し、本来の自分を取り戻した。そしてすっかり穏やかで人の良さそうな人になって瞑想センターから去って行った。


彼は何とか生まれ変わって人生をやり直す機会を得た。つまり彼はミャンマーで、人生のセカンドチャンスを与えられたのであった




画像出典

デンバー :   David Mark
猫のいるお寺:  Martine Auvray
兵士:  Dariusz Sankowski
コロラド砂丘 Mike Goad


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  最終更新日 2023.12.31

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