M比丘 イタリア人 40代 男性
ぼくは、誤解されたほうがいい、誤解されなければならない、と考えている。
「こう見られたい」なんて甘ったれた考えは、叩きつぶすべきだ。
by岡本太郎
人間というのは大体ナルチシストだから、自分の事を「偉い」の「カッコイイ」の「完璧だ」のと、トンデモなく過大評価している。それもこれも、心というものは、好きでしょうがないものはとにかく美化して見てしまうようになっているからだ。
しかし他人は中々自分で見ているようには見てくれないもので、見えたようにしか評価しない。だから本人が思っている評価とは当然喰い違う。だが、本人は自分の評価こそが正しいと思っているから他人が下す評価に対して「あいつは俺を全然判っていない」などと思ってしまう。
もしお世辞で「偉いですね」とか「カッコイイ」などと言われようものなら、本気にして「あいつは俺をよく判っている」などと虫のいい事を言う。
そしてその喜びをもっと味わおうと「俺はこういう風に見られたいな」と思ってしまう。
だが、それは全く当然の事で、心というものはそのようにできているのだから仕方ない。
岡本太郎氏は「甘ったれた」などといかにも悪い事のように言うが、自然の事なので決してそのように断罪してはならない。抑圧して鬱にでもなったりしたら、大変な事になる。
しかし岡本氏がそのように言うのは、ナルチシズムや、それを守ろうとする思いが、いかに人間の心を萎縮させ、本来持っている能力の発揮を妨げてしまうかをよく判っているからだろう。また、人間関係を複雑にしてしまうのも、一人一人がこのような思いにしがみついているからに他ならない。
だからナルチシズムに気づいたら、それは執着であって本当の自己愛ではないと理解する必要がある。
例えば他人から見下されたり傷つけられたりした場合は「くそっ!俺は本当は偉いんだぞ」などとは思わないで、自らに執着のない心、つまり慈悲心を送ってやらなければならない。
逆に何かで成功して「見たか!俺の凄さを」などと有頂天になっている時も慈悲心を送るべきだし、失敗して「あ~あ、俺ってダメな奴だ」と凹んでいる時も慈悲心を送らなければならない。
とにかく「俺」と思ったらナルチシズムではなく慈悲心を送るべきなのだ。
また「他人からよく思われたい」「理解されたい」「嫌われたくない」「ナメられたくない」などといういわゆる承認欲求やら虚栄心やらは、世間からナルチシズムを守ろうとする防衛的な欲求だ。ナルチシズムが強い人ほど軍事力を強化せずにはいられない。
だがそんな事を考えていたのでは、世間体にがんじがらめにされてちっとも自由になれない。だからそういう気持ちが出てきた時は、逆に自分の方から世間の人々に慈悲心を送って、世間の評価から解放されて自由に生きようとしなければならない。
つまり心を向ける方向を、他人から何かをして貰う方から、自分から何かをしてやる方に切り替える訳だ。
自我への執着心を、そっくりそのままひっくり返して四無量心に転換してしまうという訳だ。それによって心は世間体から解放される。
だから、健全な四無量心を築き上げるためには、そのようなナルチシズムや自意識が必要不可欠な要素になってくる。
アッシジの聖フランシスコ
キリスト教の方には900年以上前のイタリアに、アッシジの聖フランシスコという大聖者がいたという。
この大聖者は何をした人なのかと言うと、私が下手な説明をするよりwikipediaをご参照頂いた方が、一番正確で手っ取り早いのだが、まず有名なのはそのナルチシズムや自意識を四無量心に転換する「フランシスコの平和の祈り」だろう。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/
実際にはこの祈りは本人の作ではないらしいのだが、聖フランシスコの思想を見事に表現しているのでそう呼ぶのだという。そして欧米の瞑想指導者の中には、これを慈悲の瞑想と一緒にやるように指導する人も多い。
そしてまた私の知人の中には、この聖フランシスコの精神を子供の頃にみっちりと叩き込まれたという修行者がいる。
そんなイタリア人修行者M比丘がミャンマーのCM瞑想センターまでやって来たのが2011年の10月。この時、M比丘は初めて会う私に何と!このように挨拶した。
「俺はつい2〜3月前までイスラム教徒だったんだ」
M比丘によれば、彼の出身はローマ市内。
彼の祖母と母親とはキリスト教の聖地、その聖フランシスコがいたアッシジの出身で、とても熱心なキリスト教徒だという。
そんな訳で子供の頃に二人(敬虔なクリスチャンである母と祖母)の影響を強く受けた彼は「大きくなったら修道院に入って神父さんになりたい」と思うようになっていた。
最初の改宗
しかし、中学、高校へと進んで現代の学問を身につけていくうちに、いつしかその夢も醒めていく。
世の中の科学の進歩やら何やらで、それまで本気にしていたキリスト教の教義が、いかにも時代遅れの迷信のようなものにしか思えなくなってきたのだ。
そして彼は聖職者になるという夢を捨て、大学を出てから普通のサラリーマンになる事を決意する。販売競争の世界で生き残りに命を賭け、苦労して得たその報酬を綺麗サッパリ遣い切ってしまう事を要求される、大量消費社会に身を置く決心をした訳だ。
だが、子供の頃に徹底的に聖フランシスコの「無一物」「与える」「平和共存」といった思想を叩き込まれたM比丘が、そのような社会に疑問を持たない筈がなかった。
キリスト教には興味がなくなったとはいえ、やはり感銘を受けた部分もあるのだから。
そんなM比丘に転機が訪れる。それは彼が20代の終わりに差しかかった頃、会社の取引先だったアラブ系企業でイスラム教徒たちに出会い、付き合いが始まった事による。
「彼らはヨーロッパの人々より親切で人情味がある。人間関係もギスギスしていない」
そして社会のあり方にもキリスト教にも、両方に疑問を持っていた彼は、一発でイスラム教徒たちに好感を抱いた。また、それをきっかけに彼らの宗教にも興味を持ち始める。
やがてM比丘は彼らからイスラム教の話を聞いたり、コーランを読んだり、彼らの勧めでイスラム教の勉強をしたりするようになる。するとキリスト教よりもそちらの方がしっくりと疑問なく心に納まった。
そしてそれ以来M比丘は、10数年間イスラム教徒として過ごす事になる。
仏教との出会い
イスラム教に改宗してからというもの、いつしか彼は、夏や冬の休暇の度に中東やアフリカ、東南アジアなどのイスラム教国を訪れては旅行をしたり、教義の勉強をしたりするのが習慣となっていた。
だが、M比丘が40歳を過ぎたあたりに、またしても人生の転機が訪れる。そんなイスラム教徒としての生活が根付いた頃、彼は運命の出会いを果たす事になったのだ。
2011年の夏休み、彼は例によってインドネシアを訪れていた。そしてジャワ島にあるボロブドゥール寺院という、古代の遺跡を見物していた。その時彼は、そこである白人の尼さんと出逢う事になる。
そして、その尼さんと一緒に屋台の茶店に行ってアレコレと世間話をしているうちに、面白い話を耳にする。
「仏教にはイスラム教やキリスト教のように絶対神っていないのよ。仏教ってね、ブッダになるための教えなの。ブッダというのは目覚めた人という意味。人ってね、勘違いしてるのよ。自分という存在が実際にあると思っているの。それで世の中こんなにおかしな事になっているのよ。そんな錯覚から抜け出したのがブッダ」
「神のいない宗教?何だそりゃ?しかも自分までいないって?このアメリカ人女性も変な事を言うものだ」そんな事でM比丘は、その時彼女に「何だかよく判らないのでもう少し判りやすく言ってくれないか?」と頼んだ。
「じゃあね、これ何か判る?」
アメリカ人女性はバッグから黄色く細長い布地を取り出した。
「それは帯みたいに身体に巻くの?」
アメリカ人の尼さんの話だと、それは上半身に巻く袈裟の代わりのようなものなのだという。
しかし別に帯として使ってもいいし、何かを束ねるロープとして使ってもいい。暑い時は頭に乗せて帽子代わりにも使えるという。特に「これ」といった実体はなく、使い方次第で呼び名が変わるものに過ぎない。
「でも世の中にある物ってみんなそうでしょ?この皿もカップもスプーンも、食器として使ってるからそう呼んでるだけで、そういうものがある訳じゃないでしょ?もし絵を描く道具として使ったら、パレットと筆洗と呼ばれるかもしれないし」
なるほど、そしたらやはり人間というものがあるのではなく、自然界の一部のものをそのように見ているだけという事になるのか?
自分というのも然りで、そのように見ているだけなのか?まあ、確かに自分って一体何なんだっていつも思う。するとやっぱり自分というのものはないのか?
M比丘はそんな感じで、何やら判ったような判らないような気になった。それでも仏教の話についてチンプンカンプンだったが、何よりもその尼さんが、無一物で無欲な事はとても清々しくて気持ちよく感じられた。
これは恐らく彼が子供の頃に、聖フランシスコの伝説を散々聞かされたためだろう。普通の人なら「貧しそう」と否定的に見るところを、そんな訳でM比丘の場合は尼さんの事をそのように好感を持って見たのだ。
「あっ!判った!確かに持っている考え方によって見え方が違う!本当だ!やっぱりそういうものがあるのではなく、そういう風に見ているだけなんだ」
その瞬間M比丘の心の中に、そんな考えが電光石火の如くに閃いた。そしてそれによって突然アメリカ人の尼さんの話が理解できるようになったのだった。そうなったらM比丘は、俄然仏教に興味が出てきた。
「面白い!俺、もっとその話を聞きたい」
そんな訳で彼はその後、アメリカ人の尼さんと共に、彼女が滞在していた僧院へと向かった。
そこは何と!ミャンマーのCM瞑想センターのインドネシア支部であり、その時出逢った尼さんこそが、CMセンターのアメリカ人指導者、ドー・ウィリヤニャーニ師だったのである。
それからの彼の行動は早かった。さっき初めて仏教の教えに触れたばかりなのに、もうイスラム教から改宗する事を決め、会社も辞めてインドネシアに残る事にしたのだ。
そして初めて訪れた瞑想センターでヴィパッサナー瞑想を習い、その辺にあった仏教書を貪るように読みふけった。そしてそのまま彼はその瞑想センターに数週間滞在し、10月末にはミャンマーのCM瞑想センターの本部に移って行った。
何とも驚くようなM比丘の改宗の素早さだが、ドー・ウィリヤニャーニ師との出会いはそのようにしてM比丘の人生の方向をすっかり変えてしまったのだ。
慈悲の瞑想の修行
CM瞑想センターと言えば、慈悲の瞑想の修行を多用する事で有名だが、これはナルチシズムや他人から良く見られたい承認欲求を四無量心に転換してしまうのが目的だ。
つまりこれは前述した聖フランシスコの平和の祈りと同じ事を目的としている。
そういう事からもM比丘は、CMセンターミャンマー本部に着くなり、早速出家を志願して出た。
子供の頃から出家するのが夢だった彼は、何の因果か、意外な事にようやくここに来て夢が叶う事となる。江戸の仇を京で討つではないが、キリスト教の夢を仏教で叶えてしまったM比丘。
これは物事は条件が揃わなければ現象化しないという事でもある。条件が揃いさえすれば、こんな風に思いもよらぬところで夢が実現化してしまうものなのだ。
こうしてみるとM比丘は、色んな宗教を転々としているようだが、実際にはたったひとつだけ、つまり幼い頃に叩き込まれた聖フランシスコの姿だけを追って生きてきた事がよく判る。
節操なくアレコレ手を出しているようだが、実際には決して流される事のない、堅い信念を貫いてきた人だったのだ。
聖フランシスコの生涯を描いた「ブラザーサン・シスタームーン」
心が変わるほどの衝撃
「しかし本当にドー・ウィリヤニャーニ師と会って仏教の話を聞いた時は、頭の中が一回転するような衝撃を受けたもんな。それまで信じていたものが見事に崩れ去って、考え方が180度変わったんだから」
M比丘はそれ以来、そんな感じでしょっちゅう自身の回心?の体験を話した。
どうもキリスト教圏の人々というのは、そういう風に、心が変わって信心深い人になる体験を非常に重視するところがある。
私の場合は25年ほど前の話になるが、東京原宿の千駄ヶ谷区民センターなどというローカルな場所で、スマナサーラ長老の瞑想会に出たのが最初だった。その時に長老に質問したら、まるでこちらの心の中を見透かされているかのような的確なアドバイスをされてしまい、すっかり驚いてしまったのだ。
それで「解脱・悟りの境地というのは本当にあるんだ。仏教で言っている事は本当だったんだ。ではブッダの教えに逆らったら本当に酷い目に遭うんだ」と思い、それ以来考え方が変わってしまった。それが私の回心の体験だが、そんな事があっただけにM比丘の気持ちもよく判る。
修行の世界に入ってくる人は、そのように多かれ少なかれ宇宙の法則(ダンマ)を体得した人の智慧に触れ、すっかり驚いてしまって人生が変わった回心の体験をしている。
だが、私もその後、数十人ものダンマを持つ人々に会うと、すっかり慣れてしまって最初の感動がなくなってしまった。そうなるともう、自分でダンマを体得する以外に最初にあったような衝撃を味わう事が出来なくなってくる。
帰らぬ人となったM比丘
それからM比丘は2014年の初めぐらいまでCM瞑想センターに滞在していたが、その頃、このシリーズの23話に登場してくる謎のスリランカ人、D比丘と出逢う。
D比丘はMセンターで私と会った後はこのCMセンターに来て、M比丘と会っていたのだ。
そういう事は何も知らない私の所へ、M比丘からメールが届いた。
「今スリランカに来てる」
突然の事に驚いたが、私はその少し前にD比丘からスリランカの凄い長老の事を聞いていたので「ちょうどよかった!スリランカにいい指導者がいるらしいぞ!ちょっとそこへ行って様子見てきてくれよ!」と、その長老の瞑想センターを教えた。すると彼は
「ペマシリ長老?あんた何でその人知ってんのよ!今そこに居るんだよ俺!」
と言った。何と!彼はD比丘から話を聞くなり、速攻でスリランカまで渡ってしまったのだ。
「最高!凄いよ!この長老」
そしてそんな感じで感激しまくっている。
私はあまりのM比丘の変わり身の速さに唖然とさせられてしまった。本当に思い立ったら直ぐだ。これがあるから彼は今まで何度も回心してきたのだと納得出来た。
「しばらくこの長老の元で修行していくからさ」
などと言いながら、あれからどれぐらい経っただろう?M比丘は向こうでもう何年やっているのか判らないぐらい長く修行している。
どうやら彼は帰らぬ人となってしまったようだ。
これならもう二度と回心する事はなさそうだ。
私はそう確信した。