【修行者列伝〈ミャンマーで出逢った修行者たち〉#41】 今ここにいる修行者

2021年6月5日土曜日

修行者列伝

t f B! P L




A氏 アルゼンチン人 30代 男性


アルゼンチンの首都ブエノスアイレス



 のシリーズもお陰さまを持ちまして第41回目を迎えた訳だが、これまでに一番好評だったエピソードは、8か月前にアップした第5回目のM氏という日本人修行者のものだった。


これが今まで最多のアクセスを頂いた。そのM氏との出逢いがあったのは2013年の11月の事。


場所はヤンゴン市内にあるマハーシ式の総本山、M瞑想センター。それから私はM氏と共に3か月近くMセンターで修行し、それから彼と別れ、今度はマインドフルネス瞑想のS瞑想センターに移って行った。


年末年始のSセンターは冬休みを利用して集中的に修行しようとする人々で混雑する。だから時々行っても入れない事がある。そんな時私の場合は近くのCM瞑想センターに行くのだが、その年はCMの方も入れなくてMセンターに行った。だから、今から思えばこのM氏との出逢いは運命的なものだったのだ。


私はこの回で書いたM氏の劇的な体験を目の当たりにして直ぐSセンターに移った訳だが、その興奮冷めやらないうちに同室になったのが、今回登場する修行者、ブエノスアイレス出身のA氏だった。その彼と出逢ったのは2014年の1月末。



A氏



A氏は金属を加工して指輪やアクセサリーを作る職人である彫金師だ。現在はメキシコに移住し、メキシコシティに自分の工房を持っているという。指輪やアクセサリー以外にも様々な金属の工芸品を作るし、キリスト教の仏具?というか、キリスト教の仏具にあたるものなども作ったりするという。だから仏教徒たちと知り合ったこれからは、仏教の仏具の製作も考えている。







「指導者が勧める事は絶対にやった方がいいよ。つい先日まで一緒にやっていた日本人なんて、指導者にジャーナ(禅定)に入る方法を教わった当日に直ぐにジャーナに入ったんだ。だからその指導された事を一生懸命やっていれば間違いないよ」



そんな事で私は、面接指導でアドバイスされた事についてアレコレ考えていたA氏にそのように言っていた。何しろそれまでM氏と一緒にいて、ジャーナ体験の一部始終を見せて貰ったばかりだったので、その余韻を引きずって、ついついそのように力説してしまったのだ。




「へえ!SUTのアドバイスに従うとそんな凄い事になるのか!」




だからA氏も私の迫力に押されたようで、そんな体験が出来るのであれば、俺もひとつ必死でやってみようという気になったようだ。その時A氏が貰ったアドバイスというのは




「いつでも今の瞬間に居なさい」




という、普通のと言うか、通常誰もが言われる事だった。


この教えは色んな人が言っているし、本にもたくさん書かれてあるので、知らない人はいない。


だが理由は判らないが、これを実際に本気でやっている人は少ないのだ。だから本気でやるとどうなるのかは誰も知らない。有名な教えのようで、実は誰もやる人のいないマイナーな方法でもある。


だが、私がそのように煽ってしまったので、A氏は遂にこれを本気でやる気になってしまった。


ではこの「いつでも今にいる」修行をすると一体どういう体験をするのか?


私もそれには興味があったので、それからというもの、彼の探求成果には何気に注目していた。



A氏の修行歴 


 まずその前に、A氏の修行歴を紹介しておく事にする。彼は元々はチベット仏教に興味がある人で、メキシコにいる間は、ダライ・ラマを始めとする、チベット関連の本を読んでいたという。


また、ヨガにも興味があり、ラマナ・マハルシやヴィヴェーカーナンダなどインドの様々なババの本も読んだ。だが悲しい事にメキシコは、キリスト教が強い国で瞑想を教える人など中々いない。


そんな時にネット上で一冊の本に出会う。その本こそがSUTことウ・テジャニヤ長老著の「Don't look down on defilements」(侮れない煩悩)だった訳だ。勿論彼が見つけたのはこの本のスペイン語版であって、


スペイン語版を訳したのはこの人、このシリーズ第34回に登場するR氏であった。A氏はR氏と連絡を取り合いながらSUTの話を聞く。




その結果、A氏の仏教への興味は大きく膨らみ、出来る事ならばミャンマーへ行って直接この長老に指導を受けてみたいと思うようになった。また、A氏が興味を持っているのはマインドフルネス瞑想だけではない。どうせならチベットまで足を伸ばしてチベット仏教も見てみたいし、インドのヨガアシュラムだって見てみたい。


そんな事を考えているうちに居ても立ってもいられなくなり、とうとう1年間仕事を休んでアジアへ修行の旅に出る事にしてしまった。


だが、多忙なA氏が1年も仕事を休むとなると、色んな人に迷惑がかかってしまう。彼に仕事を発注してくる業者や、既に仕事をリタイアした彼の両親など、彼を頼りとしている人はたくさんいるのだ。



「それでも苛立ったり、落ち着かなかったりしたまま仕事しても、なおさら効率が悪くなるだけでしょう?だから無理を言ってでも集中的に修行しておいた方がいいと思って。しかしこれが最初で最後のチャンスになるかもしれない」



そのような覚悟で来たA氏だからこそ、私がしたM氏の話に乗って来ないはずがなかったのだ。


彼の当初の予定は、ミャンマーには10週間の宗教ビザで来て、それが切れるまではS瞑想センターで修行し、その後は中国に渡ってチベットに向かう。更にその後はネパールに渡ってまたチベット僧院で修行し、最後にインドのリシケシュにあるヨガアシュラムに行き、そこで半年間修行して帰るというものだった。


修行期間はちょうど1年。彼はこの期間内に何とか瞑想をマスターしてメキシコに帰り、あとはまた、仕事をしながら修行を続けていくという。



BE  HERE  NOW  



「今この瞬間にいるという事は、今やっている事に気づいているという事だよね?」



そして彼はそうやってやる気満々で修行を始めた。いつでも今にいるという事は、いつでも気づいているという事だし、いつでもここにいるという事だ。つまり妄想に入らず、現実世界に留まるという事になる。過去も未来も想像の産物だし、今、見えて、聞えて、感じているもの以外のものも、全て想像の産物だ。




「じゃあ、今見えない隣の部屋の事とか、建物の外の事とかは、みんな想像の産物なんだね?」




その通り。別に部屋の外のものじゃなくても視界に入らない背後のものや、ベッドの下のもの、自分の姿形だってみんな想像の産物だ。実際に見えている世界とは別物になる。


また、過去や未来についてもそうだ。過去の事は当然想像の産物だから、思い出しても巻き込まれないようにして、今に留まっていなければならないし、先の事を予測するにしても、推測とわきまえて巻き込まれないようにし、今に留まっていなければならない。




「そう考えると何だか怖くなるね。今までずっと現実だと思ってきたものが、実は想像に過ぎなかったものだと判ったりして」




A氏の話を聞きながら、私は彼がどういう事に気づき、どういう事を明らかにしていくのか楽しみになった。彼の疑問のひとつひとつが私の興味をそそるものでもあったからだ。だから面接指導の時に、彼がどういう指導を受けるのか聞いてみたくなった。



密室での指導を受けるA氏 



 「今ここにしか居ないと、実際にあるのは今見えて、聞えて、感じているものだけで、あとは想像というか、記憶にあるものをコラージュして世界を創っているんだろうね。だから今まで気がつかなかったけど、現実だと思っていたのは実は想像だったんだ」



探求を始めてから2〜3週間ぐらいして、A氏はそういう境地までたどり着いた。彼の言った事を判りやすくまとめると、例えば今「ブオーン」という音が聞こえたとして、この音は実際にあるものだが、その音から車を連想したり、道路との距離を連想したりしたら、それは自分の想像だという事になる。


また、メールを送る時は遠く離れた相手を思い浮かべてメッセージを書く訳だが、実際にあるのは目の前に見えるもの、聞こえるもの、触れているものだけで、相手の居場所や距離感などは全て想像の産物に過ぎない。そしてその想像は、それまでに見たり聞いたりしてきた記憶の寄せ集めで成り立っている。


人間は直接知る事ができるものが限られているので、そのように想像力を振り絞っていないと何もできない。実際の感覚プラス想像によって自分の世界を創っているのだ。


A氏が2〜3週間も今の瞬間に留まって見えてきたものは、人間とは何気にそのように想像を駆使して生きているという実態であった。これは中々気づきそうで気づかない事でもある。



「よし!これを今日の面接指導の時にSUTに報告しよう」



そう言って新しい発見をしたA氏は嬉しそうにしていた。私も彼のその報告に対して、SUTがどういう事を言うか聞いてみたいような気がした。だから本日の夕方からある面接指導を楽しみにしていた。






ところがそこで問題が出てきた。A氏は英語があまり得意ではないため、その自分の体験を上手くSUTに伝える事ができるかどうか心配になってきたのだ。


私はこんな時は予めレポートしたい事をノートに書いて、言い忘れたり、言い間違えたりしないように備えておく。私以外にもそのようにしている人は多い。だからA氏にもそうする事を勧めた。だが彼は英作文を作る事だけではなく、そもそもみんなの前で報告する事自体が苦手らしい。


そこでA氏は、面接指導集会が始まる少し前にミーティングルームに行き、みんなが集まる前に面接を済ませてしまうという手段に出た。面接指導集会は通常6時半から始まるので、出席者たちは大体6時27〜8分までに集合するのだが、A氏は6時20分頃には行って、準備をしている長老を捕まえてとっととアドバイスを貰ってしまおうというのだ。




ミーティングルーム



「SUTは退屈そうに待ってたからやってくれたよ。誰もいないから落ち着いて考えながらゆっくり話す事が出来たし」


なるほど、その手があったか。だがそうなると私の方は楽しみにしていたA氏とSUTとのやり取りが見れなくなってしまった。そういう訳でA氏は、これから先はどんな体験をして、どんなアドバイスを貰ったかを非公開にして修行していく事になる。



無敵のマインド 


「例えばそこのベッドを見ると、マットのフカフカ感まで伝わってくる。だけど実際に触れている訳ではないからそのフカフカ感は想像なんだよ。同じように床のタイルを見ると冷たさまで伝わってくるけど、それだってやはり想像だ」


面接指導を非公開にしてからというもの、何故かは判らないが、A氏はどんどん観察に磨きをかけていった。


密室で何か秘策でも授けられているのだろうか?それとも単に人目を気にせず弱点でも何でも言えるようになったから、それに合わせたアドバイスを貰えるようになったためか?凄い細かい所まで観察している。


そして今やっているのは実際の感覚と想像との区別のようだ。という事は、今ここにいるとその区別がついてくるという事か?それなら日頃どうしても、想像、幻想、概念に飲み込まれて現実が見えなくなっているから、おかしくならないためにもその区別は絶対必要だ。



「いや、時間をかけてゆっくり細かくレポートできるようになったから、細かい所までアドバイスして貰えるんだ。それにいつでも今ここにいるようにすると、もう人目なんて気にならなくなるよ。他人から非難されても全然心が動かないんだ。だって全然自分を感じなくなっているんだから、今ここにいると」



何と!不動心!A氏はミャンマーに来て早くも不動心を手に入れたのだ。その間わずか2か月。こんな事もあるのか!なるほど現実と幻想を区別するという事は、自分とか他人とかいう根本的な区別による概念までをも超えてしまうのだから、そうならない訳がない!


これは仏教で言う心の要素である受想行識のうちの受と想との見分けがついてくるという事か?

それではそのうち行(意志)や識(意識)の見分けもついてくるのか?

心の各々の働きが見えてきて、それらが「自分」に操作される事なく、独自で働いているのが見えてくるのか?


そうだったのか!今ここにいる事を徹底するとそういう事になるのか。これはいいものを見せて貰った。先日のM瞑想センターでのM氏の体験に続いてずいぶんラッキーだ。今年は春から縁起がいい。



「だからこのマインドフルネス瞑想があればもう他の方法は要らないような気がしてきたんだ。チベットやインドに行くつもりだったけど、どうしようかと迷っている。中国までのチケットはもう買ってあるから中国までは行くけど、またここに戻ってこようかな?」



そして幸か不幸かA氏は、当初の修行計画を見直さなければならないハメに陥ったのであった。



伝播していく情熱 


 そんな感じで70日間の修行を終えたA氏はS瞑想センターを出て、予定通り次の目的地である中国に向かった。ヤンゴンから飛行機で雲南省の昆明に向かい、そこからチベットを目指すのだという。



「お陰でいい修行が出来たよ。何年後になるか判らないけど、また来るからその時再会できればいいね」



A氏は私がM氏のジャーナ入りの話をした事に感謝していた。M氏の体験はあちこちに伝播され、会った事もない色んな人に影響を及ぼしていく。M氏に発奮させられて、みんな凄く熱心に修行するようになっていくのだ。


このように情熱は伝播していく。では今度はM氏によって燃えたA氏のこの情熱を、元のM氏の所まで持っていこうか?自分が発信した情熱が戻ってきてまた発奮するなんて最高だ。


実はA氏が去った後、彼と入れ替わる形で私と同室になったのは、このシリーズの第7回目に登場する総合格闘家のK氏だった。そしてA氏の熱い情熱はそのままK氏に受け継がれ、このようなエピソードが誕生する事となった。


と言ってもこちらは修行ではなく、格闘技にかける情熱に変わってしまったのだが。




A氏との再会 


 A氏と再会したのはそれから8か月後の2014年11月の事だった。意外や意外、何年後に会えるか判らないとばかり思っていた彼は、あっさりと戻ってきてしまったのだ。



「昆明に着いてから近くの都市、大理に移ってそこにずっといた。チベットは行ってないし、ネパールも行ってない。大理には自然農法をやっているコミューンがあるので、そこに滞在させて貰ってずっと瞑想していた。やっぱりマインドフルネス瞑想があればもう十分だ。他の修行法を試す必要はない。『今ここ』にいれば問題はほとんど解決する」











自然農法のコミューンって何だ?ヒッピー村みたいなものか?中国にそんなものがあるのか?何だかよく判らないが、そうやって首をかしげる私にA氏は、お土産として1本のシャンプーを手渡した。商品名は『麻実』で透明のプラスチック容器に入った透明のシャンプーだ。



「メンバーの中に日本人たちもいたよ。彼らはそのシャンプーを製造しているんだ。それは麻のエキスが原料のシャンプーだよ。使ってみなよ、中々いいよ」



どうやらA氏はあれから8か月間、そのコミューンで修行していたようだ。そして最後にもう一度SUTの指導を受けてからメキシコに帰りたいらしい。


それはいいとして、A氏は中国から女性を一人連れて来た。頻繁に会っては話をしているが、もしかして彼女も一緒にメキシコに連れて行くつもりなのだろうか?中国の雲南省は少数民族が多い地域だが、A氏の彼女もそれっぽい人だ。顔立ちが中国人離れしている。しかもどことなくチベットっぽい。








「チベットもインドも行かなかったけど、中国でチベット文化を堪能出来たよ。それですっかり気に入ってしまって、チベット文化をメキシコに持って帰りたくなってさ。彼女を見てよ。俺、これから自分の家をチベットにしようと思っているんだ」



何と!A氏はチベットに行く代りに、チベット族の女性をゲットしたのだ!そして今後は彼女と共に仏教徒としての生活を送っていくつもりらしい。



「生活そのものを修行にするんだ」



なるほど、チベットに行くのではなく、チベットを持って帰るのか。その手があったとは気がつかなかった。



「しかし、最初来た時に1年で瞑想をマスターするって言ったでしょ?それを聞いた時はどうなるかと思ったけど本当に何とかなったね。凄いよ」



私は思わず感心してそう言った。いや、それどころかA氏が修行していたのは実質70日間だけだ。それもただ「今ここ」に居るようにしただけで。そしたらA氏は



「キミは先の事を想像して心配したんだね。先の事を考えている事に気づいていれば今に残れるよ。そうすれば心配しないで済む」



と答えた。凄い!完全に今ここに居る事に徹している。まるで「今ここ」の職人のようだ。初めて瞑想センターに来たというのによくそこまで出来るものだ。と、そこまで考えた時に気がついた。そう言えば彼の仕事は




この動画はA氏のものではないが、彼も毎日毎日ずっと何年間もこのような作業をしてきたのだ。だからミャンマーに来る前には既に「今ここ」に留まる事には熟練していた訳だ。確かに素人じゃ短期間でこんな事にはならない。



「瞑想センターというのは自動車教習所みたいなものだよ。本当の修行は家に帰ってからさ」



納得!彫金の仕事は瞑想修行に役立ったし、瞑想修行はこれからの彫金の仕事に役立つに違いない。また、私としてもこういう職人さんたちが瞑想をするとどうなるのかという、実験的な試みに立ち会う事が出来て面白かった。


そうやってA氏は、またひとつ職人としてのテクニックを磨き、彼女を連れて帰国していったのであった。


A氏の家族写真





XのPOSTは毎週金・土

ウ・テジャニヤ長老の著作物(無料日本語訳)

「DON'T LOOK DOWN ON DIFILEMENTS - 侮れない煩悩」入門編


「DHAMMA EVERYWHERE - ダンマはどこにでも」実践マインドフルネス


「AWARENESS ALONE IS NOT ENOUGH - 気づくだけでは不十分」マインドフルネスQ&A

当ブログからのお知らせ

《お知らせ》シュエウーミン瞑想センターの再開について

  最終更新日 2023.12.31

新着記事

このブログを検索

瞑想ブログランキングに参加中です

QooQ